2016/07/28
うつった火を消しとめよう
ダーニクはうなずいた。「長い目で見ればありのままの自分でいるのが一番いいのさ。自分をそれ以上に見せるのも、またそれ以下におとしめるのもよくない。わたしの言ってることをわかってくれるかな」
「要するにすべての問題は、自分がなにものであるかを見つけだすことにあるんだね」
ダーニクは再び笑みを浮かべた。「もっともそれが時としてわれわれにとって、たいへんな頭痛のたねになるんだが」突然その顔から笑みが消えたかと思うと、かれは激しくあえいだ。次の瞬間、かれは腹を押さえ身をよじるようにして倒れた。
「ダーニク! どうしたんだ」ガリオンが叫んだ。
だがダーニクはしゃべるどころではなかった。灰色になった顔が苦痛でゆがみ、体は土の上をのたうちまわった。
ガリオンは経験したことのない異常な圧力を感じてただちに事態を悟った。エランドを殺す目的をさまたげられた高僧たちが何とかポルおばさんのシールドを破らせようと、身近なものに矛先を転じたのである。ガリオンは体の底から怒りがわき上がってくるのを感じた。体中の血がふつふつとたぎり、恐ろしい絶叫がその唇をついて出ようとしていた。

(落着け)内なる声がかれのもとに戻ってきた。
(どうすればいいんだ)
(太陽のもとに出ろ)
何のことかさっぱりわからなかったが、ガリオンは馬の間を駆け抜け、朝の淡い光の中に出た。
(自分の影の中に入るんだ)
かれは足元にのびる自分の影を見おろし、言われたとおりのことをした。自分でもどうやったのかはわからないが、かれは影に自分の〈意志〉と〈意識〉をすべてそそぎこんだ。
(敵の思念のあとを追うのだ。急げ)
ガリオンは突然自分の体が空を飛んでいるのを知った。影にすっぽりくるまれたかれは地面を転げまわるダーニクのもとに急いで戻り、臭いをかぐ猟犬のようにその体にふれ、友人を倒した激しい思念がどこからきたのかを察知した。次の瞬間、ガリオンは瓦礫と化したラク?クトルに向かって何マイルにもわたる荒野の上を飛んでいた。かれの体はまったく重さというものを感じず、また見るものすべては奇妙な紫色にいろどられていた。
かれはダーニクを殺そうと思念をこらす九人の黒衣の僧たちがつどう、ひび割れた壁の部屋に入りながら自分の体が途方もなく大きくなっているのに気づいた。老人たちの目はいっせいに丸いテーブルの中心できらめく人の頭ほどもあろうかと思われる、巨大なルビーに向けられていた。斜めにさしこむ早朝の光がガリオンの影をゆがめ、さらに大きいものに見せていた。かれは天井にあわせてわずかに身をかがめながら、部屋の隅に立ちはだかった。「やめろ!」かれは邪悪な老人たちに向かってどなった。「ダーニクから手を引け!」
老人たちは思いもかけなかった相手の出現にたじろいだ。かれはテーブル上の宝石を通してダーニクに集中していた思念が弱まり、ばらばらになるのを感じた。ガリオンが相手を威嚇するように一歩前に進むと、かれの半分曇った紫色の視界の中で僧たちがいっせいに後退するのが見えた。
僧の一人がはやくも一瞬の恐怖から立ち直った――がりがりに痩せ、長い髭はよごれ、頭はつるつるにはげていた。「しっかり立たんか!」かれは他の僧に向かって怒鳴った。「センダーに思念を集中するのだ」
「ダーニクから手を引け!」ガリオンが叫んだ。
「ほほう誰がそうしろと言うのかね」痩せた老人は侮蔑をこめた口調でたずねた。
「ぼくだ」
「そういうおまえさんはどこのどなたかね」
「ぼくはベルガリオンだ。早く友人から手を引け」
すると老人は笑い出した。クトゥーチクと同じような、ぞっとするような笑い声だった。
「だがおまえさんは単なるベルガリオンの影に過ぎないではないか。わしにはおまえさんのからくりなどすっかりお見通しじゃ。たしかにおまえはしゃべり、怒鳴り、脅すことはできるかもしれんが、できるのはそれだけではないか。おまえは何もできない影に過ぎないのじゃよ、ベルガリオン」
「ぼくたちからいいかげんに手を引け!」
「もしそうしなかったらどうするつもりだ」老人の顔には小馬鹿にしきったような満足が浮かんでいた。
(本当にやつの言うとおりなのか)ガリオンは内なる声にたずねた。
(そうであるとも、ないとも言える)声が答えた。(これまでにもごくわずかの者たちだけが限界を超えてきた。おまえもやってみないことにはわかるまい)
腹の底は怒りに煮えくりかえっていたが、ガリオンは僧たちを誰一人として傷つけたくはなかった。「氷よ!」ガリオンは心に冷気を思い描き、たたきつけるように噴出させた。だが、どこかおかしかった――それは何の実体もないもののように弱々しく、轟音はうつろでかすかにしか聞こえてこなかった。
はげた老人はせせら笑い、髭をふるわせた。
ガリオンはまぼろしの歯を食いしばり、恐るべき一徹さで精神をふりしぼった。「燃えろ!」叫びながらかれは〈意志〉を一気に駆りたてた。すると空中に何かがひらめき燃え上がった。ガリオンの〈意志〉の力は老人自身ではなくその髭に向かってほとばしった。
高僧は飛び上がり、絶叫とともに後ずさった。かれは髭にと必死になっていた。
他の僧たちは恐怖と驚きで這いずりまわって逃げまどい、それと同時にかれらが集中させていた思念もかき消えた。ガリオンは強大にふくれあがる〈意志〉をさらに集中させ、幻の巨大な手を精力的に動かしはじめた。かれは僧侶たちをごつごつした床の上になぎ倒し、さらに壁にたたきつけた。恐怖に金切り声をあげて逃げまどう老僧たちを、かれは一人一人つまみ上げてこらしめた。不思議な冷徹さをもってガリオンはかれらのなかの一人を頭から壁の割れ目に突っ込み、そのままぐいぐい押し込んでいった。後にはばたばたもがくひと組みの足があるだけだった。
かれらの処罰を終えたガリオンは、はげた高僧の方を向いた。老人はちょうど髭の飛び火を消し終わったところだった。「こんな馬鹿な――こんなことがありえるはずがない」高僧は顔に驚きの表情を浮かべて言った。「どうやってそんなことができたのだ」
「言っただろう――ぼくはベルガリオンだ。おまえのおよそ思いもつかないことだってできるのさ」
(宝石だ)内なる声がかれに言った。(やつらは攻撃をひとつに集中させるのにあの宝石を使っているのだ。早くそいつを破壊しろ)
(どうやって?)
「要するにすべての問題は、自分がなにものであるかを見つけだすことにあるんだね」
ダーニクは再び笑みを浮かべた。「もっともそれが時としてわれわれにとって、たいへんな頭痛のたねになるんだが」突然その顔から笑みが消えたかと思うと、かれは激しくあえいだ。次の瞬間、かれは腹を押さえ身をよじるようにして倒れた。
「ダーニク! どうしたんだ」ガリオンが叫んだ。
だがダーニクはしゃべるどころではなかった。灰色になった顔が苦痛でゆがみ、体は土の上をのたうちまわった。
ガリオンは経験したことのない異常な圧力を感じてただちに事態を悟った。エランドを殺す目的をさまたげられた高僧たちが何とかポルおばさんのシールドを破らせようと、身近なものに矛先を転じたのである。ガリオンは体の底から怒りがわき上がってくるのを感じた。体中の血がふつふつとたぎり、恐ろしい絶叫がその唇をついて出ようとしていた。

(落着け)内なる声がかれのもとに戻ってきた。
(どうすればいいんだ)
(太陽のもとに出ろ)
何のことかさっぱりわからなかったが、ガリオンは馬の間を駆け抜け、朝の淡い光の中に出た。
(自分の影の中に入るんだ)
かれは足元にのびる自分の影を見おろし、言われたとおりのことをした。自分でもどうやったのかはわからないが、かれは影に自分の〈意志〉と〈意識〉をすべてそそぎこんだ。
(敵の思念のあとを追うのだ。急げ)
ガリオンは突然自分の体が空を飛んでいるのを知った。影にすっぽりくるまれたかれは地面を転げまわるダーニクのもとに急いで戻り、臭いをかぐ猟犬のようにその体にふれ、友人を倒した激しい思念がどこからきたのかを察知した。次の瞬間、ガリオンは瓦礫と化したラク?クトルに向かって何マイルにもわたる荒野の上を飛んでいた。かれの体はまったく重さというものを感じず、また見るものすべては奇妙な紫色にいろどられていた。
かれはダーニクを殺そうと思念をこらす九人の黒衣の僧たちがつどう、ひび割れた壁の部屋に入りながら自分の体が途方もなく大きくなっているのに気づいた。老人たちの目はいっせいに丸いテーブルの中心できらめく人の頭ほどもあろうかと思われる、巨大なルビーに向けられていた。斜めにさしこむ早朝の光がガリオンの影をゆがめ、さらに大きいものに見せていた。かれは天井にあわせてわずかに身をかがめながら、部屋の隅に立ちはだかった。「やめろ!」かれは邪悪な老人たちに向かってどなった。「ダーニクから手を引け!」
老人たちは思いもかけなかった相手の出現にたじろいだ。かれはテーブル上の宝石を通してダーニクに集中していた思念が弱まり、ばらばらになるのを感じた。ガリオンが相手を威嚇するように一歩前に進むと、かれの半分曇った紫色の視界の中で僧たちがいっせいに後退するのが見えた。
僧の一人がはやくも一瞬の恐怖から立ち直った――がりがりに痩せ、長い髭はよごれ、頭はつるつるにはげていた。「しっかり立たんか!」かれは他の僧に向かって怒鳴った。「センダーに思念を集中するのだ」
「ダーニクから手を引け!」ガリオンが叫んだ。
「ほほう誰がそうしろと言うのかね」痩せた老人は侮蔑をこめた口調でたずねた。
「ぼくだ」
「そういうおまえさんはどこのどなたかね」
「ぼくはベルガリオンだ。早く友人から手を引け」
すると老人は笑い出した。クトゥーチクと同じような、ぞっとするような笑い声だった。
「だがおまえさんは単なるベルガリオンの影に過ぎないではないか。わしにはおまえさんのからくりなどすっかりお見通しじゃ。たしかにおまえはしゃべり、怒鳴り、脅すことはできるかもしれんが、できるのはそれだけではないか。おまえは何もできない影に過ぎないのじゃよ、ベルガリオン」
「ぼくたちからいいかげんに手を引け!」
「もしそうしなかったらどうするつもりだ」老人の顔には小馬鹿にしきったような満足が浮かんでいた。
(本当にやつの言うとおりなのか)ガリオンは内なる声にたずねた。
(そうであるとも、ないとも言える)声が答えた。(これまでにもごくわずかの者たちだけが限界を超えてきた。おまえもやってみないことにはわかるまい)
腹の底は怒りに煮えくりかえっていたが、ガリオンは僧たちを誰一人として傷つけたくはなかった。「氷よ!」ガリオンは心に冷気を思い描き、たたきつけるように噴出させた。だが、どこかおかしかった――それは何の実体もないもののように弱々しく、轟音はうつろでかすかにしか聞こえてこなかった。
はげた老人はせせら笑い、髭をふるわせた。
ガリオンはまぼろしの歯を食いしばり、恐るべき一徹さで精神をふりしぼった。「燃えろ!」叫びながらかれは〈意志〉を一気に駆りたてた。すると空中に何かがひらめき燃え上がった。ガリオンの〈意志〉の力は老人自身ではなくその髭に向かってほとばしった。
高僧は飛び上がり、絶叫とともに後ずさった。かれは髭にと必死になっていた。
他の僧たちは恐怖と驚きで這いずりまわって逃げまどい、それと同時にかれらが集中させていた思念もかき消えた。ガリオンは強大にふくれあがる〈意志〉をさらに集中させ、幻の巨大な手を精力的に動かしはじめた。かれは僧侶たちをごつごつした床の上になぎ倒し、さらに壁にたたきつけた。恐怖に金切り声をあげて逃げまどう老僧たちを、かれは一人一人つまみ上げてこらしめた。不思議な冷徹さをもってガリオンはかれらのなかの一人を頭から壁の割れ目に突っ込み、そのままぐいぐい押し込んでいった。後にはばたばたもがくひと組みの足があるだけだった。
かれらの処罰を終えたガリオンは、はげた高僧の方を向いた。老人はちょうど髭の飛び火を消し終わったところだった。「こんな馬鹿な――こんなことがありえるはずがない」高僧は顔に驚きの表情を浮かべて言った。「どうやってそんなことができたのだ」
「言っただろう――ぼくはベルガリオンだ。おまえのおよそ思いもつかないことだってできるのさ」
(宝石だ)内なる声がかれに言った。(やつらは攻撃をひとつに集中させるのにあの宝石を使っているのだ。早くそいつを破壊しろ)
(どうやって?)